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山口地方裁判所 平成7年(ワ)87号 判決

原告

森元博史

ほか一名

被告

津秋操

主文

一  被告は、原告森元博史に対し、金三一八一万九四九八円、原告森元茂子に対し、金三〇二一万九四九八円、及びこれらに対する平成五年一一月一六日から支払済みまで各年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一六分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告森元博史に対し、金三五二九万四四三四円、原告森元茂子に対し、金三〇七六万九四九八円、及びこれらに対する平成五年一一月一六日から支払済みまで各年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

原告らは、自動車の衝突事故により死亡した亡森元俊幸(以下「俊幸」という。)の両親であり、事故により次の損害を被つたとして自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づきその賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成五年一一月一六日午前九時二八分ころ

(二) 場所 山口県防府市大字田島六六三番地上田鉄工所先

(三) 加害車両〈1〉 普通乗用車(山口五九や五一七九)

(四) 右運転者 被告

(五) 加害車両〈2〉 大型貨物車(けん引車〔トラクタ〕―山口一一あ五〇六九、被けん引車〔トレーラ〕―山口一一え一六五〇)

(六) 右運転者 前田文男

(七) 被害車両 軽四貨物車(山口四一き五一九二)

(八) 右運転者 俊幸

(九) 態様

加害車両〈1〉が、新前町方面から仁井令方面に向けて進行して前記場所先の県道との交差点を左折しようとして同交差点に進入した際、同県道を新田方面から中関方面に向けて進行してきた加害車両〈2〉の左前部と衝突したため、その衝撃により、加害車両〈2〉が右斜め前方に暴走し、センターラインを越えて対向車線に進入して、同車線を中関方面から新田方面に向けて進行してきた被害車両と正面衝突した。

2  責任原因

被告は、加害者両〈1〉を保有し、本件事故当時、これを自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条により、本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。

3  逸失利益に関する事実

(一) 俊幸は、平成四年五月一二日にマツダ株式会社に入社し、以後、本件事故当日まで同社に勤務して、自動車製造の作業に従事していたものであるが、同人の入社後平成五年一二月末日までの給与及び賞与は、別紙「給与(賞与)収入額一覧表」記載のとおりであつた。

(二) 俊幸は、昭和四七年三月七日生まれであるから、死亡時二一歳であり、本件事故により死亡しなければ、六七歳までの四六年間は就労可能であつたものである。

4  慰謝料に関する事実

(一) 俊幸は、本件事故後、救急車により、山口県立中央病院に搬入されたが、事故から約四〇分後の平成五年一一月一六日午前一〇時八分ころ、頸部損傷による死亡が確認された。

(二) 本件事故は、被告が一時停止することなく交差点内の安全確認を怠つて漫然と優先道路に進入したため、同道路を進行してきた加害車両〈2〉に衝突し、その結果、加害車両〈2〉を暴走させて、対向車線を進行中の俊幸が運転する被害車両に衝突せしめたというものであつて、被告の一方的な過失によるもので、俊幸には何らの落ち度もない。

(三) 俊幸は、原告ら夫婦の二男で未だ独身であつたものであるが、高等学校及び専門学校を卒業し、大企業であるマツダ株式会社に就職して、安定した将来がほぼ約束されていたにもかかわらず、二一歳の若さで人生を奪われたものであるから、その精神的苦痛と悲嘆ないし無念さは察するに余りあるものである。

5  相続

俊幸は、平成五年一一月一六月に死亡し、父である原告森元博史(以下「原告博史」という。)及び母である原告森元茂子(以下「原告茂子」という。)の両名が、俊幸の損害賠償請求権につき、各二分の一の割合で相続した。

6  損害の填補

原告らは、本件損害に関し二〇〇万円の支払いを受けた。

二  争点

損害額

(原告らの主張)

1 逸失利益

俊幸は、本件事故により平成五年一一月一六日死亡したため、平成四年一二月分給与から平成五年冬季賞与までの合計額である三二二万四一八六円をもつて同人の年収額と考えるのが相当であり、生活費の控除割合を五〇パーセントとし、ホフマン式計算法により中間利息を控除して計算すると、同人の逸失利益は三七九三万八九九六円となる。

(計算は、三二二万四一八六×(一-〇・五)×二三・五三四=三七九三万八九九六)

2 慰謝料

二〇〇〇万円が相当である。

3 葬儀関係費用

(一) 原告博史は、葬儀及び初七日法要並びに満中陰法要の費用の合計額である二一二万四九三六円を支出したが、その全額が本件事故と相当因果関係のある損害である。

(二) 原告博史は、仏壇購入及び墓碑建設の費用の合計額である七九六万四五〇〇円を支出したが、そのうち二〇〇万円が本件事故と相当因果関係のある損害である。

(三) なお、近時の裁判例において、葬儀費につき定額化の傾向にあるようであるが、葬儀費用の明細まで主張立証している場合にも、一定額に限定するという考え方には問題がある。

4 弁護士費用

原告らは、本件訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、弁護士費用を支払う旨約したところ、同費用のうち、被告に負担させるべき損害額は、原告博史につき三二〇万円、原告茂子につき二八〇万円を下らない。

5 結論

原告らは、右1、2の各二分の一である各二八九六万九四九八円を相続し、原告博史は右3、4の七三二万四九三六円を、原告茂子は右4の二八〇万円を自己の損害として被つたので、以上の合計額から填補分各一〇〇万円を差し引くと、原告博史は三五二九万四四三四円、原告茂子は三〇七六万九四九八円となる。

よつて、原告らは、被告に対し、原告博史につき三五二九万四四三四円、原告茂子につき、三〇七六万九四九八円、及びこれらに対する本件事故日である平成五年一一月一六日からいずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の主張)

1 慰謝料について

搭乗者傷害保険の保険金の給付は、慰謝料の算定に当たつて斟酌すべきである。

2 葬儀費等について

葬儀等のやり方程度は、遺族の心情・人生観等により甚だ左右されるものであり社会通念上相当とされる部分についてのみ相当性がある。

また、墓碑建設費については、原告らはいわゆる累代墓を有しており必要性がない。

墓碑建立費等は、葬儀費のうちに含め、定額の一二〇万円をもつて相当額と認める。

3 弁護士費用について

(一) 請求は、裁判の通例(認容損害額の一割程度)に従つたものと理解している。

(二) ただ、原告においては、被告が自賠責保険契約を締結していることを承知しているはずである。本件のような事故態様(過失相殺があまり問題とならない。)で、所得証明も確実である場合、自賠法一六条の請求(いわゆる被害者請求)により、死亡事故の場合の上限三〇〇〇万円が簡易に保険会社より支払われる。

(三) ことに、本件のような共同不法行為であれば、二台の車両の自賠責保険に被害者請求ができ、三〇〇〇万円を越えた損害も支払われるのである。

(四) すなわち、自賠法一六条の被害者請求をすれば(請求義務があるとはいわない。)、簡易に慰謝料二〇〇〇万円の請求のうち約一〇〇〇万円程度と葬儀費の一部を除く損害は支払われる。つまり、自賠法一六条の利用により四八〇〇万円程度(逸失利益と慰謝料、葬儀費)は簡易に、少なくとも被告の自賠責からの三〇〇〇万円は必ず簡易迅速に支払われたのである。

したがつて、三〇〇〇万円ないし四八〇〇万円についての弁護士費用について、被害者請求の手数料は考慮されるとしても、裁判において、原告の損害として認められるべきではない。

(五) 右は、被害者請求義務を求めるものではない。しかし、自賠法一六条という簡易迅速に被害填補ができる制度がある以上、その部分については訴訟追行により訴求する必要もなかつたのであり、事故との因果関係も認められないし、被害の公平な負担という損害賠償法理の原則からしても被告の負担とされるべきではない。

4 遅延損害金について

受領遅滞と同視できる事情があり、遅延損害金は、前項で述べた三〇〇〇万円を除く損害額に対して、事故発生日から一年内に限り認められるべきである。

(一) 被告は、自賠責保険契約を締結しており、原告は事故後それを知つた。したがつて、前記のとおり被害者請求ができ、簡易迅速容易に支払いを受けえた。

(二) 被告は、日動火災海上保険株式会社(以下「保険会社」という。)と任意保険契約(人身損害につき保険額無制限)を締結しており、損害額が定まれば、直ちに支払いができる。

原告は右契約を知つており、交渉もなされていた。

(三) 原告らにつき、二男を死亡させた被告への感情は充分理解できるが、損害の填補という点からは、大半を(一)、(二)により事故後一年を目処に可能であつた。

第三争点に対する判断

一  損害(各費目の括弧内の金額は原告ら主張額)

1  逸失利益(三七九三万八九九六円) 三七九三万八九九六円

前記争いのない事実等によれば、俊幸(昭和四七年三月七日生)は、死亡当時二一歳であつたから、本件事故により死亡しなければ、六七歳まで四六年間は就労可能であり、また、平成四年一二月分給与から平成五年冬季賞与までの合計額である三二二万四一八六円をもつて同人の年収額と考えるのが相当であるから、これを基礎として生活費を五割控除し、かつ、ホフマン式計算法により中間利息を控除して俊幸の逸失利益の現価を算出すると、三七九三万八九九六円(小数点以下切捨て)となる。

(計算式)三二二万四一八六×(一-〇・五)×二三・五三四=三七九三万八九九六

2  慰謝料(二〇〇〇万円) 二〇〇〇万円

本件事故の態様、俊幸の年齢等本件に現れた一切の事情を斟酌すると、俊幸の慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。

なお、被告は、搭乗者傷害保険の保険金の給付は、慰謝料の算定に当たつて斟酌すべきであると主張し、証拠(原告茂子本人)によれば、原告らは搭乗者傷害保険の保険金一三〇〇万円の給付を受けたことが認められる。確かに、加害車両の運転者が自ら保険契約者として保険料を支払つている場合、搭乗者が傷害を被つたときは、保険金をもつて見舞金とし、被害者の精神的苦痛を償おうとする意思を有すると考えるべきであり、かつ、その保険金の額が社会通念上、謝罪の趣旨を含むものと評価することができる場合には、右保険金の給付は慰謝料算定に当たつて斟酌すべきであるが、証拠(原告茂子本人)によれば、右保険の保険料を負担したのは原告らであると認められるから、本件では慰謝料算定に当たつて斟酌すべきではない。

3  葬儀関係費用(四一二万四九三六円) 一五〇万円

証拠(甲七六ないし九八、原告茂子本人)によれば、原告博史は、俊幸の葬儀を執り行い、葬儀及び初七日法要並びに満中陰法要の費用の合計額として二一二万四九三六円を支出した。また、証拠(甲九九ないし一〇二、一〇四、一〇五、原告茂子本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告博史は、森元家の二男であり、山口県大島郡出身であるが、同県防府市に住宅を購入して居住していたものであつて、祖先の祭祀を承継していないため、仏壇も墓碑も所有しておらず、そのため仏壇を購入し、墓碑を建立したため、七九六万四五〇〇円の費用を支出した。

右事実と俊幸の年齢、境遇、家族構成、社会的地位、職業など本件に現れた諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用は一五〇万円をもつて相当と認められる(墓碑や仏壇は、これを建立しあるいは購入した場合、被害者のためのみならず、将来にわたり一家一族のための弔祀用具として利用され、いわば家産を形成する非一身専属的耐久財ともいうべきものである点を考慮する必要がある。)。

4  小計

右によれば、原告らの弁護士費用を除いた総損害は、五七九三万八九九六円となり、これから前記既払金二〇〇万円を控除すると残額は、五五九三万八九九六円となり、原告らの固有の及び同人らの俊幸から相続した損害賠償請求権は、原告博史につき二九四六万九四九八円、原告茂子につき二七九六万九四九八円となる。

5  弁護士費用(請求額・原告博史につき三二〇万円、原告茂子につき二八〇万円) 原告博史につき 二三五万円

原告茂子につき 二二五万円

本件訴訟の難易度、その経緯、前記請求認容額等に照らし、本件損害としての弁護士費用は、原告博史につき二三五万円、原告茂子につき二二五万円と認めるのが相当である。

なお、被告は、自賠法一六条の被害者請求をすれば簡易に三〇〇〇万円ないし四八〇〇万円程度は迅速に支払われたのであり、その範囲についての弁護士費用は、被害者請求の手数料は考慮されるとしても、本件事故との因果関係は認められないし、被害の公平な負担という損害賠償法理の原則からしても被告の負担とされるべきではない旨主張する。しかしながら、被害者請求は煩雑な手続を要するし、被告も認めているように原告らに被害者請求をする義務はない上、被害者請求と被保険者の保険金請求(自賠法一五条)では、後者が基本となること、保険会社は、原告らに対し、総額四一九五万二四〇〇円の損害額を提示した(乙三の一、二)が、原告らはこの金額には納得できず、本訴を提起した経緯(原告茂子本人)などを併せ考慮すれば、弁護士費用については、認容額全額に関して相当因果関係が認められるのであつて、被告の主張は採用することができない。

6  遅延損害金

被告は、前項で主張のとおり原告らは被害者請求が可能であつたこと、被告は保険会社と任意保険契約を締結しており、損害額が定まれば直ちに支払いができたしその交渉もなされていたことを根拠として、受領遅滞と同視できる事情にあり、遅延損害金は、三〇〇〇万円を除く損害金に対して、本件事故発生日から一年内に限り認められるべきである旨主張する。

しかしながら、被害者請求につき前項で認定した事実に加えて、原告らは、被告から、二〇〇万円を損害金の一部として受領しており、保険会社が提示額(乙三の一、二)を支払つていれば、一部弁済ということで受領していたと考えられること、保険会社が損害額を提示していたとしても、それは、原告らにおいてその額を全損害額として了承して示談しない以上は一切支払わないというものであり、実際にも支払われていないことからすれば、原告らが、受領遅滞と同視できる状態にあつたと認めることはできない。したがつて、この点についても、被告の主張は採用することができない。

二  まとめ

以上によると、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告博史につき三一八一万九四九八円、原告茂子につき三〇二一万九四九八円、及びこれらに対する不法行為の日である平成五年一一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 村木保裕)

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